福島第1原発の復旧作業の進捗を受け、折木統幕長は5月3日、福島・楢葉町のJビレッジに前方展開する3自衛隊の高圧消防車部隊(放水冷却隊)と陸自74式戦車部隊(機動路啓開隊)に任務解除を命じた。
これを受け、陸自中央即応集団は同日、現地で任務終了式を行い、両部隊を原隊に戻した。
3自消防車部隊で編成された「放水冷却隊」は原子炉建屋の水素爆発後に現地に入り、放射能汚染の環境下で、3月17日の空自救難消防車を皮切りに3自消防車5両で原子炉3号機に放水。
同21日までに陸自木更津、北宇都宮、相馬原、霞ヶ浦、立川各駐屯地、海自下総、館山両基地、空自百里、入間、三沢、小松、小牧各基地から現地入りした延べ44両が計336トンを放水して原子炉の冷却に当たった。
一方、1戦大(駒門)と1機甲教(同)の戦車2両、戦車回収車1両、1後支連(練馬)の車両などで編成された「機動路啓開隊」は3月20日から瓦礫除去のためJビレッジで即応態勢をとっていた。出動はなかった。
福島第1原発ではその後、近くの坂下ダムから淡水が引かれたほか、東電手配のタンクローリー車と岸壁に接岸した米軍バージ船により水源が確保され、核燃料プールへの注水用に大型コンクリートポンプ車などが導入された。
また、瓦礫除去についても遠隔操縦式の油圧ショベルなど各種器材が導入され、東電で対応できるようになった。
3日に行われた任務終了式では、田浦即応集団副司令官が訓示、「自衛隊の原発対処任務はまだ道半ばだが、本日、放水冷却隊と機動路啓開隊の編成を解組する。今般の厳しい任務に諸官らと共に立ち向かい、共に戦えたことを誇りに思う。各人が危険を顧みず献身的に行動してくれたことに心から感謝する」と述べ、約1カ月 半にわたり原子力災害に立ち向かった隊員をねぎらった。即応集団では今後もJビレッジに連絡員を配置し、東電と連携していくほか、福島県内での除染活動などに当たる。
◇ 自衛隊機による上空からの福島第1原発の撮影と原子炉各施設の放射線量計測、赤外線サーモグラフィーによる熱画像計測作業も4月26日で終了した。
空自偵察航空隊(百里)のRF4偵察機による航空偵察は3月11日の震災直後から、また陸自ヘリ団(木更津)のCH47ヘリを使った技本の赤外線温度計測と陸自の放射線量計測は3月19日から続けられていた。今後は原発の非常事態に備えて態勢を保持しながら待機する。
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