2011年8月24日水曜日

橋本弘文

1947年1月 - )54歳

六代目山口組若頭補佐。極心連合会会長。

1963年頃に大阪の独立組織であった南一家吉田組に加入したが、吉田組が程なく解散したため、自ら橋本組を結成した。

暫く橋本組で活動していたが、1976年山健組に加入した。山本健一組長が死去すると、橋本組を極心連合会と改め、直後に勃発した山一抗争では武闘派として抗争に参加するなど次第に頭角を現した。

1988年に山健組組長の渡辺芳則山口組五代目組長となると、桑田兼吉組長の元で若頭に就任した。1997年に桑田兼吉が逮捕されると、2003年組長不在のとなった山健組において組長代行に就任し当時山口組最大勢力であった組織の土台を支えた。
平成17年(2005年)4月、五代目山口組渡辺芳則組長は、橋本弘文に盃を与え、山口組直参にした

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【島田紳助】 芸能界引退騒動

2011.08.24(水)

島田紳助芸能界引退騒動…「暴力団との親密交際」と言うが最大の問題は捜査当局による個人情報リーク!!

島田紳助の芸能界引退騒動。

納得できないのは大阪府警や大阪地検など捜査当局のやり方だろう。


【夕刊フジ】

大阪府警の捜査関係者によると、この暴力団関係者は指定暴力団山口組ナンバー4にあたる「筆頭若頭補佐」という肩書を持つ幹部。

府警が2005年にこの幹部の関係先を家宅捜索した際、紳助から幹部に宛てた直筆の手紙や、幹部と同席した写真が見つかっていた。 『反転-闇社会の守護神と呼ばれて』(幻冬舎)などの著書で知られるノンフィクションライターの森功氏は、「府警関係者から聞いた話では、幹部と紳助さんは家族ぐるみで仲がよく、ガサ入れのとき、幹部の妻と紳助さんがスナックで撮ったものなど一緒におさまる写真が何枚も押収され、なかには紳助さんが幹部の妻に宛てた手紙もあったようです」と話す。 

また、渡辺被告を介して交わしたメールには、この幹部が競売入札妨害などの容疑で大阪府警に逮捕されたことを心配し、自分が経営する店で高額な飲食をしてくれたことを感謝したものもあったという。

紳助、6年前に山口組幹部へ直筆手紙…高額飲食で謝意メール

産経新聞 8月24日(水)12時31分配信

長谷川公彦(芸名;島田紳助55)が暴力団関係者との親密交際を認め、芸能活動引退を表明した問題で、この暴力団関係者は指定暴力団山口組の若頭補佐と呼ばれる最高幹部の一人で、大阪府警が平成17年に幹部の自宅などを家宅捜索した際、紳助からの直筆の手紙や、幹部の親族らと撮影した写真が見つかっていたことが24日、捜査関係者への取材で分かった。

幹部は、17年6月に大阪府東大阪市内の自宅建物と土地が差し押さえられたことをめぐる競売入札妨害事件で府警に逮捕された。

府警は関係先の捜索で手紙や写真を発見したが、押収はしていないという。 

一方、紳助が17年6月から2年間、幹部と携帯メールを交わすのを仲立ちした「友人」は、元ボクシング世界王者の渡辺二郎被告(56)=恐喝未遂罪で実刑判決を受け上告中=だったことも判明。

関係者によると、メールの内容は紳助と幹部との親密さをうかがわせる内容で、幹部が紳助の経営する大阪市内の飲食店に訪れ、高額の飲食をしたことに対する謝意や、幹部が逮捕されたことを心配するような記述があったという。 

メールは、府警が19年に未公開株を巡る恐喝未遂事件で、羽賀研二被告(50)=本名・當真(とうま)美喜男、詐欺罪などで実刑判決を受け上告中=の共犯として渡辺被告を逮捕した際、渡辺被告の携帯電話を押収し、内容が判明したという。

【グラビア】 松井 絵里奈(24)

唱が上手い

【ロシア】 金正恩の教育係りに情報機関SVR要員を派遣


 〇_金日成(本名;金 成桂)
 2012年4月15日 生誕百周年

 1932年 中国共産党へ入党 (当時20歳)
 1940年12月 (当時38歳)ハバロフスク会議を経て、金日成部隊はソ連極東戦線傘下の第88特別旅団(旅団長は周保中)に中国人残存部隊とともに編入され、金日成は第一大隊長(階級は大尉)となる。彼らはソ連ハバロフスク近郊の野営地で訓練・教育を受け、解放後には北朝鮮政府の中核となる。

1948年(昭和23年)8月15日大韓民国9月9日、朝鮮民主主義人民共和国が建国、金日成は首相に就任。

1949年6月30日、北朝鮮労働党と南朝鮮労働党が合併して朝鮮労働党が結成されると、その党首である中央委員会委員長(1966年10月12日より総書記)に選出された。

1948~72年首相
1972~94年7月08日に死去するまで国家主席 22年間
1994~現在 金正日 18年目


【産経】
 金正恩に露が「教育係」 情報要員、北受け入れへ
2011.8.24 01:23

 【ソウル=加藤達也】 朝露首脳会談をめぐる事前の交渉で、ロシア側が正恩専属の国際情勢の指南役として露情報機関、対外情報局(SVR)要員の派遣を提案し、北朝鮮側も受け入れる方針を示していたことが分かった。露朝関係に詳しい情報筋が明らかにした。

 情報筋によると、指南役の派遣は今年5月、首脳会談の事前調整のため平壌を訪れたSVRのフラトコフ長官側が提案した。

同筋は「一国の指導者候補が外国情報機関から直接、国際情勢に関する情報や見解の提供を受けるのは異例」と指摘している。

 北朝鮮が受け入れの姿勢を見せたのは、国家指導者としての経験や外交実績がない正恩を金総書記の後継者として早急に養成するためとみられる。

ロシア側には、北朝鮮の次期指導者との関係を密接にし、取り込みに道を開きたいとの判断があったもようだ。

 また、情報筋によると、事前交渉では北朝鮮側が新規の借款を申し入れたが、ロシア側が難色を示したため、首脳会談の早期実現が一時危ぶまれたという。

 北朝鮮はロシアに経済協力関係の強化を要請。双方は、首脳会談でロシアから北朝鮮を経由し韓国に至るガスパイプライン敷設などで合意するめどをつけた。

さらに北朝鮮は、大規模な借款の引き出しも狙ったが、ロシアは既に膨大な額の借款が焦げ付いていることを指摘、難色を示したとされる。これに北朝鮮は不快感を表明。首脳会談の事前調整は難航したという。