2012年8月29日水曜日
中南米の乱:第3部・グアテマラ、エルサルバドル編
グアテマラ・ポプトゥンの地図
中南米の乱:第3部・グアテマラ、エルサルバドル編/1 特殊部隊カイビレス
2012年08月28日
米国の介入がきっかけで右派軍政と左派ゲリラの内戦が起き、90年代の内戦終結までに多くの犠牲者を出した中米のエルサルバドルとグアテマラ。米国から強制送還されたギャングと麻薬犯罪組織が巣くい、かつて反共産主義、いまは反組織犯罪を掲げる米国の「支配」が続く。中米の苦悩を追った。【ポプトゥン(グアテマラ北部)で國枝すみれ、写真も】
◇対麻薬戦争、米仕込み 敵は左派から犯罪組織へ
グアテマラ市から北東に約220キロ、中部ペテン州の密林でグアテマラ軍の特殊部隊カイビレスの兵士がヘリからの降下訓練を行っていた。自動小銃を構えたまま、高さ50メートルの塔から飛び降りる。体を支えるのは1本のロープだけだ。
「半径800メートル圏内なら100%」(部隊関係者)の命中率を誇る狙撃手が発砲するのを合図に自動小銃の一斉掃射が始まる。訓練はすべて実弾だ。わずか3メートルしか離れていない距離での掃射。衝撃が腹に響く。鼓膜が破れそうだ。
カイビレスのモットーは「私が前進したら、ついてこい。後退したら、私を殺せ」。入隊した新兵の食事時間は30秒。夜間訓練中の睡眠時間は1、2時間だ。4〜6週間の訓練で新兵の70〜85%がふるい落とされる。
「極限状況下で体と精神を制御することを教える。どんな困難にも耐えることができるようになる」。グスタボ・ムニョス少佐(35)が説明する。
哀れみを感じない兵士にするため、子犬を飼育させ、訓練の最後に殺させて食べる、と聞いた。真偽を確かめると、少佐は涼しい顔で「昔の話だ。サバイバル技術を教えるためだが、狂犬病が出てやめになった」と答えた。
カイビレスはカメレオンのように性格を変え、米国の世界戦略の一端を担ってきた。グアテマラ内戦中の1974年創設。左派ゲリラ狩りを主導し、残虐な拷問や虐殺で恐れられた。01年の米同時多発テロ以降は、米国の「対テロ戦争」に協力してテロ対策が主任務になった。いまは麻薬密輸組織やギャングを相手に最前線で戦う。
米議会は77年以降、内戦時代の人権侵害を理由にグアテマラ軍への武器輸出を禁止している。だが、米国政府は年に10〜15人の軍人らをカイビレスに送り込み、兵士を訓練。組織犯罪対策に使う条件でヘリコプターや船舶も供与する。
カイビレスの源流は、パナマにあった米陸軍米州学校(SOA)だ。中南米の軍人を軍事教練したが、卒業生の多くが母国で左派弾圧に関与したため「暗殺者養成学校」と批判され、01年に名称を変えて米南部ジョージア州に移転した。今年1月に就任したペレスモリナ大統領はSOA出の元軍人で、自ら体験した複数の軍事学校の粋を集めてカイビレスを作った。
米国は05年、新たな学校を中米エルサルバドルに作った。中南米の警察官や検察官を対象に麻薬犯罪組織対策、爆弾テロや資金洗浄などの捜査法を教える国際捜査当局アカデミー(ILEA)。講師陣は米麻薬取締局(DEA)や国土安全保障省の要員らだ。
「名前を変えたSOAだ」との批判にマイケル・パーキンス所長(55)は「生徒も教師も軍人ではない」と反論する。「目的は捜査能力の向上と、国境を超えた情報網や協力体制を作ること。中南米地域の治安を保つことによって民主主義と自由市場が繁栄し、米国の利益につながる」
30カ国から3844人が参加。米国は720万ドル(約5億7000万円)を投入して施設を拡大する計画だ。さらに米国は、中米全域の麻薬取り締まり対策費として、13年には6000万ドル(約47億5000万円)の拠出を予定する。
ラファエル・ランディバル大(グアテマラ市)のレンソ・ロサル教授(政治学)は「米国は変わらない。かつての敵は共産主義、いまの敵は麻薬犯罪組織。常に武力で解決しようとするスタイルも同じだ」と指摘する。最終的な目的は、脅威の米国到達を防ぐことだ、というのだ。
米国離れが進む南米とは対照的に中米は米国依存を深めている。「中米諸国が最も恐れるのは、米国の関心が薄れることだ」(外交筋)との声もある。
軍と警察の拡大を計画するグアテマラは昨年7月、米国に武器禁輸解除を要請し、交渉が進んでいる。ペレスモリナ大統領は今年4月の米州サミットで米国が反対する麻薬合法化を提唱したが、本気で米国に刃向かったわけではない、とロサル教授は見る。「禁輸解除や援助増を引き出すのが本当の目的。ゆさぶりをかけたのだ」
中南米の乱:第3部・グアテマラ、エルサルバドル編/2 陸軍米州学校、卒業生は
2012年08月28日
米国シークレットサービス(両端)から重要人物の警護法を学ぶ中南米の警察官ら=サンサルバドルの国際捜査当局アカデミーで
拡大写真 ◇高報酬「組織」に寝返りも 訓練、生かし方は本人任せ
中南米の歴史に何度も登場するアメリカ陸軍米州学校(SOA)。グアテマラ内戦で大虐殺を指揮したリオス・モント元将軍、パナマの独裁者ノリエガ元将軍も卒業生だ。01年までパナマにあった同校を通じ、中南米各国は米国の持つ最新武器の入手を期待し、米国は各国の軍事政策に影響を与え、未来の指導者候補の軍幹部と関係を作ろうとした。米国のもくろみは奏功、中南米にできた軍政は左派勢力をたたきつぶした。
拷問法を教え、暗殺者を養成したと批判されるSOA。グアテマラで79ページの卒業生名簿を入手した。対ゲリラ戦略コース、心理戦コース、諜報(ちょうほう)コースもある。グアテマラ軍は1950年から少なくとも約1200人を送っていた。片端から電話をかけるが、取材拒否が続く。「当時のことは思い出したくもない」と電話を切る者もいた。
ペレスモリナ大統領も学んだ幹部コースを70年に卒業した評論家ベンハミン・ゴドイ氏が、取材に応じてくれた。「拷問学校という批判は当たらない。米国人の多くはむしろ善良で倫理的だった。(国際人道法の核である)ジュネーブ条約を順守し、一般市民や兵士の面倒を十分みろ、と教えようとした」
問題は生徒の方だった、とゴドイ氏は見る。教程のうち倫理的な部分を「軟弱、弱腰」と受け取ったのだ。兵士が負傷すれば救援ヘリが飛んでくる米軍と、何もない環境で解決策を見つける必要があるグアテマラ軍では心理的態度が違う。
ゴドイ氏は言う。「中南米は、非戦闘員も殺したスペインの植民地文化と先住民のいけにえ文化を混ぜてしまった。ここに福祉や自由といった観念はない。我々は権威も、お互いのことも尊重しない」
歴史は繰り返さないのか? 米国がグアテマラ特殊部隊カイビレスや、エルサルバドルの首都サンサルバドルの国際捜査当局アカデミー(ILEA)で教える訓練やハイテクの活用法は、受け手に任されている。米国の思惑通りに使われるかは分からない。
「カイビレス求む。メキシコへの輸送トラックの警護。出世の可能性あり」
メキシコの麻薬密輸組織ロス・セタスとみられるグループが08年、ペテンのラジオ局をハイジャックして、求人広告を流した。国境に「カイビレスなら報酬5000ドル(約39万円)」という垂れ幕が登場したこともある。
グアテマラ軍の新兵の月給は1600ケツァル(約1万6000円)にすぎない。7000人弱のカイビレス出身者のうち、14〜16人が麻薬犯罪組織に寝返ったことが確認されている。【グアテマラ市で國枝すみれ、写真も】
中南米の乱:第3部・グアテマラ、エルサルバドル編/3 ギャング、入会儀式は殺人
2012年08月28日
警察の夜間パトロールで拘束されたギャング=サンサルバドル郊外アポパで2月8日
◇凶悪化対策は軍頼み
中米エルサルバドルの11年の殺人率は10万人中69人。日本の80倍以上だ。多くは「マラス」とよばれるギャングの仕業だ。
午後11時。警察の夜間パトロールに同した。覆面警官70人が分乗する警察車両は猛スピードで首都サンサルバドル郊外のアポパ市に向かう。ギャング団MS13の巣窟だ。
「警察だ。開けろ」。パブロ・ディエス警部(40)が長屋のドアをたたいて叫ぶ。機関銃を構えた部下がドア横の壁にはりつく。
警官隊について部屋になだれ込む。つまずきそうになり、足元を見ると、背中にギャングの入れ墨をした大男が後ろ手に手錠をかけられて床に転がっていた。雑貨屋では少年2人が拘束され、吸いかけの麻薬クラックや拳銃も押収された。その夜、警察は22カ所を捜索し5人を拘束した。
MS13は80〜92年の内戦から逃れたエルサルバドル人が米国で結成した。米国政府はラティノ(中南米系)ギャングが黒人ギャングからクラック密売市場を奪うまで静観し、その後は強制送還した。
内戦で武器が横行した母国に戻ったギャングは、凶悪化した。入会儀式は数年前まで13回の「蹴り」に耐えることだったが、いまは殺人だ。標的、日時、場所、方法を命じられ達成すれば受け入れられる。母親でも殺さねばならない。メキシコの麻薬犯罪組織に雇われ軍事訓練を受ける者もいる。
治安対策強化の世論に追い詰められ、フネス大統領は昨年11月に治安・法務相を、今年1月に警察長官を解任し、アメリカ陸軍米州学校(SOA)を卒業した軍人にすげ替えた。かつての人権侵害を繰り返さないよう、内戦終結時に軍と分離され、治安・法務省の下で再出発した警察。だが、軍が3年前から捜査への「協力」を開始。11年には盗聴法が成立し、米国の援助で携帯メールやSMSメッセージを盗聴する施設も完成した。
解任されたアセンシオ前警察長官は、元左翼ゲリラの小児科医だ。「武力中心の治安対策は犯罪を増やすだけ」が持論で、日本から学んだ交番制度や高校生の拘置所見学など、地道な犯罪予防活動を推進してきた。「軍が指揮権を握れば、警察を破壊し弱体化させる。人権侵害が多発した内戦時代に逆戻りする」と心配する。
中南米の乱:第3部・グアテマラ、エルサルバドル編/4止 弾圧批判の大司教暗殺
2012年08月28日
「とても真面目な方でした。笑った写真は珍しい」。ロメロ大司教の写真を前に証言するクエバさん
拡大写真 ◇軍・ゲリラ内戦、憎悪深く
中米・エルサルバドルで軍の市民弾圧を批判したカトリック教会のオスカル・ロメロ大司教は1980年、首都サンサルバドル市にある神の摂理病院教会でミサを執り行っている最中に狙撃され、暗殺された。
「放たれたのは1発でした。祈りを終え、ぶどう酒を満たした聖杯を天に向かって差し出したときです」。修道女マリアデラルス・クエバさん(89)が証言する。ロメロ大司教と一緒に暮らした6人の修道女のうち唯一の生存者だ。
大司教は死を覚悟していたようだった。兵士には「弾圧をやめなさい。神の意にそむく命令に従う必要はない」と説教し、エルサルバドルへの軍事援助を停止するよう米国政府に手紙も書いた。
暗殺当日、大司教は「私が天に召される順番ならば、受け入れましょう」と言った。だから銃声が響いたとき、クエバさんは「ああ、神は今日、ぶどう酒でなく彼の命を望まれたのだ」と感じたという。凶弾は胸からのどを貫通した。
暗殺者はつかまらず、国民的な人気を誇った大司教暗殺に国連が動き、93年、真相究明委員会はアメリカ陸軍米州学校(SOA)出の陸軍少佐が率いた反共主義の暗殺グループ「死の部隊」の仕業と結論づけた。
大司教暗殺を機に、右派軍政と左派ゲリラの内戦が本格化し80年から12年間で約7万5000人が死んだ。にもかかわらず、暗殺部隊を率いた少佐が後に創設した親米右派政党・民族主義共和同盟(ARENA)は89年に政権を獲得。09年まで20年も国を支配した。
教会は末期がん患者のためのホスピスの中にある。マリア・ガルシア病院長(58)は「我々にとってはロメロ大司教は貧しい民衆のために死んだ聖人です。国際的にも有名です。でもこの国では右派のプロパガンダのせいで、扇動者とみなされている」。ガルシア病院長の口調から激しい怒気が伝わる。内戦の記憶は生々しく、右派と左派はいまも憎しみあっている。
11年3月、エルサルバドルを訪問したオバマ米大統領はロメロ大司教の遺体が安置された市内中心部の教会で、「我々は同じ(南北)アメリカ人」と演説した。だが、元左派ゲリラのカルロス・ディマスさん(53)は「和解を演出したかったんだろう」と冷めた感想をもらす。
元ゲリラたちは遺族・傷病者年金の支給を政府に訴えて教会を占拠していた。「09年に初めて左派政権になり、希望がかなうと思ったのに、何も変わらない」と肩を落とす。教会を訪れる外国人観光客から受け取る「心付け」で、細々と暮らす毎日だ。
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