2012年1月22日日曜日

【昭和基地】 南極観測船「しらせ」接岸を断念




定着氷域航行 1月9日、定着氷域を航行中


(写真)12月23日、リュツォホルム湾沖


 〇_砕氷船しらせ
 11月11日 晴海埠頭 出航
        フリーマントル海軍基地(オーストラリア国)経由
 12月23日 リュツォホルム湾沖。昭和基地への航続距離圏内へ入り物資空輸を開始
  1月21日 昭和基地の西北西21km


【朝雲】2011年12月23日

 海自砕氷艦「しらせ」(中藤琢雄艦長以下約175人)は、年末の12月23日、ようやく南極・昭和基地までヘリの航続距離圏内の流氷域に到達、越冬隊員が待ちかねる昭和基地への物資空輸を開始した。乗員は艦上で新年を迎えた後、1月上旬、基地沖に到着の予定。写真は見渡す限りの流氷の中、「しらせ」飛行甲板で昭和基地への食糧などを搭載中のCH101輸送ヘリ


【産経】2012年1月22日

 南極観測船「しらせ」が厚い海氷に阻まれ、昭和基地(第53次南極観測隊、隊長山岸久雄)への接岸を断念した。接岸を断念するのは平成5~6年の第35次観測隊の支援以来、18年ぶり。しらせは当初、年明けの接岸を目指していたが、悪天候や厚さ4メートルを超える氷の影響などで遅れが生じていた。

 21日現在は、昭和基地の西北西約21キロ地点で、氷を砕きながら航行。接岸は断念するが、可能な限り昭和基地に近づく努力は続ける。第53次観測隊が越冬するために必要な燃料や食料などの物資は、沖合のしらせから、ヘリと雪上車で運ぶことになる。

 今回、しらせは同隊支援のほか、豪政府の要請を受け、豪モーソン基地周辺の氷を切り開く支援も行う予定だったが、困難な情勢となった。

 今年は、1912(明治45)年1月28日に白瀬矗(のぶ)陸軍中尉が率いる「白瀬隊」が初めて南極に足を踏み入れ、日章旗を立ててから100年にあたる。

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