2011年8月17日水曜日

焦点/空自松島基地 機能回復せず/パイロット養成に支障

【河北新報社】
焦点/空自松島基地 機能回復せず/パイロット養成に支障


津波で流され、泥だらになった航空自衛隊松島基地のF2戦闘機。パイロットの養成課程に影響が出ている=3月12日(同基地提供)

杉山政樹司令

東日本大震災の津波で大きな被害を受けた航空自衛隊松島基地(東松島市)の機能が、震災から5カ月たっても回復せず、戦闘機パイロットの養成に大きな支障を来している。基地を抱える東松島市は、国からの交付金を減額されかねず、復興事業への影響も懸念されている。

◎宮崎の基地でも代替不能/F2など28機水没、機材打撃

<インパルス無事>

 海岸沿いにある松島基地は約2メートルの津波に見舞われ、基地全体が水没した。当日勤務していた隊員約900人は3階以上の建物に避難して全員無事だったが、航空機や整備機材は壊滅的な打撃を受けた。

 松島基地ではF2戦闘機18機をはじめ、T4練習機4機、U125A救難捜索機2機、UH60J救難ヘリコプター4機の計28機が水没した。

 被害額は概算で2千億~3千億円。松島基地司令の杉山政樹空将補は「装備品やボイラーなど基地の修理費を含めるとさらに増える」と話す。

 不幸中の幸いだったのは第11飛行隊「ブルーインパルス」が3月12日に予定されていた九州新幹線全線開通イベントに参加するため、芦屋基地(福岡県)に展開していて難を逃れたことだ。ブルーインパルスは松島基地のシンボルなだけに、基地関係者は「無事でよかった」と胸をなで下ろす。

<防空態勢の危機>

 戦闘機パイロットの養成所は、松島基地と、F15戦闘機パイロットを養成する新田原基地(宮崎県)の国内2カ所しかない。F15は迎撃戦闘機で空対空による制空権の確保が主な任務。艦船や地上攻撃を担う支援戦闘機のF2とは教育プログラムが異なり、新田原基地が松島基地の機能を全て代替するのは不可能とみられる。

 防衛省の広田一政務官も国会での答弁で「(松島基地の被災により)パイロット教育ができなくなり、防空態勢維持が困難になる」と述べ、早急な対策が必要との認識を示している。

 松島基地からは毎年、F2パイロット20~30人が巣立っている。基地では今後、新田原基地へ学生を送ったり、空自三沢基地(三沢市)で教育プログラムの一部を継続したり、米国留学を増やしたりするなどして対応する方針だ。

<FX選定に影響も/軍事アナリスト・小川和久さんの話>

 国防は自衛隊と日米同盟の2本柱から成り、松島基地の回復の遅れが即座に国防に穴を開けることにはならない。問題はパイロットの養成で、早急に手を打つべきだ。政府はF2戦闘機について、新たな調達をしない方針を決めており、水没したF2の新品を購入することは難しい。教育体系を考慮し、次期主力戦闘機(FX)の選定にF2Bのような(教官が乗れる)複座型の戦闘機の導入が検討されるだろう。

◎消えた爆音、揺れる恩恵/市、財源確保に痛手/補助金減額は必至

 航空自衛隊松島基地がある東松島市矢本地区。東日本大震災の発生前と打って変わって、静かな空が広がる。

 「不思議な感じだ」。松島基地に接する浜須賀区の行政区長、佐藤一雄さん(67)は津波に襲われた自宅を片付けながら、ジェット機の爆音が消えた上空を見上げた。

 F2戦闘機など基地所属の28機が津波で水没。基地のシンボル、ブルーインパルス7機は芦屋基地(福岡県芦屋町)から戻らず、震災後、飛行訓練は一度も行われていない。時折聞こえる離着陸音は支援物資を運ぶ輸送機やヘリコプターだ。

 戦闘機の爆音はすさまじい。テレビや電話の音声は聞こえず、窓ガラスや障子は大きく震える。それでも佐藤さんは、基地が元通り復旧してほしいと願う。

 「戦闘機が飛ぶのが当たり前の風景だった。基地なくして東松島の復興はないような気がする」

 松島基地の被災は、大震災の復興事業に取り組む東松島市の懐具合も直撃する。

 「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」に基づき、防衛省から基地を抱える市町村に支出される各種の国庫補助金がある。

 2009年度は計5億3874万円の歳入があった。一般会計の歳入に占める割合(決算ベース)は3.2%にすぎないものの、市は「安定的に見込める貴重な財源」として、温泉施設や公園、道路、下水道、スクールバスなど多様な事業に充ててきた。

 このうち、約2億7000万円を占める「特定防衛施設周辺整備調整交付金」は、航空機の離着陸回数に応じて支払われる。まさに「爆音」と引き換えにもたらされている恩恵だ。基地が復旧していない現状では、本年度の額が大きく落ち込むのは必至だ。

 復興事業で支出が増大する市にとっては痛手となるが、「財源を確保するために、声高に基地復旧を求められる状況ではない」(企画政策課)。

 津波で被災した約1500世帯が住む市内の仮設住宅に防音工事は施されていない。市は「仮に訓練が再開され爆音が鳴り響けば、住民感情を大きく害しかねない」(同)と気をもんでいる。

 松島基地の隊員は約1100人。訓練拠点が移転すれば、隊員の家族を含めた人口が減少することにもなる。地域経済への影響も懸念され、市は防衛省の動向を注視している。

◎復旧の見通しは/杉山司令に聞く/津波対策強化「市街地の防波堤」模索

航空自衛隊松島基地(東松島市)の復旧がどう進むかは、今後の自衛隊パイロットの養成や地元・東松島市のまちづくりにも大きな影響を与える。杉山政樹司令(52)に基地の被害状況や復旧の見通しについて聞いた。

―被害状況は。

 「九州に移動していたブルーインパルスを除き、当時、基地にあった航空機28機が全て津波で水没した。私有車両約650台、官用車両約150台も流された。幸運だったのは滑走路やエプロン(駐機場)が無事だったことだ。隊員総出で泥をかき出して、震災翌日の3月12日には航空機の離着陸が可能になり、救援物資の受け入れ拠点という役割を担えた」

 ―津波への備えはあったのか。

 「十分かと問われれば足りなかった。ただ、津波が来る場合、隊員には大事な作業を一つだけ終え、『素早く逃げる』ことを周知徹底していた。そのため、当日勤務していた隊員全員が無事だった」

 ―戦闘機のパイロット養成という基地の役割が果たせないでいる。

 「パイロットは毎年、定年で減っており、松島基地で毎年20~30人を養成し、補ってきた。ここが止まると、10~20年の養成計画が崩れる恐れがある。新田原基地(宮崎県)や三沢基地(三沢市)で訓練したり、米国留学を増やしたりして対応したい」

 ―津波に強い基地が求められている。

 「市街地に隣接する基地北側のエプロンを2~3メートルかさ上げし、航空機や車両を守りつつ、市街地の防波堤となる新たな基地像を模索したい」

 ―仮設住宅に防音設備がなく、訓練再開による騒音問題が懸念される。

 「東北防衛局と防音について話し合いながら、市には段階を追って説明し、理解を求めていく」


<すぎやま・まさき> 東京都生まれ。防衛大卒。1982年入隊。航空幕僚監部防衛調整官、航空教育集団司令部教育部長などを歴任。09年1月から現職。空将補。

[戦闘機のパイロット養成] T7による初級操縦課程、T4を経て、新田原基地での迎撃戦闘機か松島基地での支援戦闘機の課程に分かれる。松島基地では飛行時間が月間100時間、10カ月の教育課程が用意されている。養成期間は計3~4年。F2パイロットの養成費用は1人約6億6千万円。

2011年08月17日水曜日

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