2011年9月25日日曜日

【ロシア連邦】 大統領ブーチン体制、事実上25年間

 国家と国家の外交交渉が机上だけで重ねられてないことは、誰でも知っている

 国益のために最前線に立っているのは、防衛省・自衛隊ではなく、農林水産省・経済産業省・外務省の官僚(兵士)立ちである

 米国にはCIA、英国にはMI-6と言う有名な情報機関が存在する。

 日本国の防衛で、三菱重工関連企業はただいなる貢献をしめしている。

 外国の情報機関員にすれば、防衛メーカーの社員や中央官僚が何時に起床し、どんな経路で登庁し、どんな人物とどんな会話し、どんな趣味思考があり、就寝するか日常生活の情報収集は大切な諜報活動である

 すべての事前交渉が完了したのち、大臣級の条約締結にいたる。農林水産省、経済産業省、外務省、最前線の兵士は、防衛省・自衛隊ではない

〇_ロシア連邦

2011年
 9月24日(土) 統一ロシア党 第12回党大会二日目 
          首相プーチンが、大統領選挙出馬表明。事実上の大統領プーチンが誕生

12月04日 下院選挙(定数450名、比例代表制のみ)

2012年
 3月        大統領選挙
 5月07日 大統領にプーチンが就任(2018年5月06日までの任期)
 9月     APEC(ウラジオストック)

2014年 ソチ冬季五輪

2018年 W杯ロシア大会

2024年
 5月07日まで 大統領プーチン

 2012年より、大統領の任期は1期=4年から6年に更新され、プーチンは2期=12年間が可能

※最高指導者

ソビエト社会主義共和国連邦
 レーニン 1917年11月08日 6年2ヶ月
 スターリン1927年        26年間
 マレンコフ1953年3月06日  8日間
 フルシチョフ 1953年3月14日 11年7ヶ月
 ブレジチフ 1964年10月14日 18年1ヶ月
 アンドロボフ 1982年11月12日 1年3ヶ月
 チェルネンコ 1984年2月13日 1年1ヶ月
 ゴルバョフ 1985年3月11日 6年10ヶ月

ロシア連邦
 エリツィン 1991年7月10日 8年6ヶ月間
        ●川奈会談 1998年4月18日橋本龍太郎エリツィンによる首脳会談

 プーチン 1999年12月31日 代行 五ヶ月間
       2000年05月07日 8年間
 メドベージェフ 2008年5月07日 4年間
 プーチン 2012年5月07日 12年間 (計20年5ヶ月間)


毎日新聞 9月24日(土)21時25分配信

 【モスクワ大前仁】24日、首相プーチン(58)は、政権与党「統一ロシア」の党大会で、大統領メドベージェフ(46)から来年3月の大統領選の党候補として推薦され、これを受けて、出馬の意向を表明した。

 2008年以来、プーチンの大統領復帰が事実上決まった。

プーチンは大統領へ復帰した場合、メドベージェフを首相に指名する方針を表明。

現在の「双頭体制」を率いる2人が役職を「交代」して統治を続ける形となる。

 第12回党大会では、党首プーチンが12月04日投票の下院選(比例代表制のみ)の党候補者名簿について「大統領が率いるのが伝統」として、メドベージェフ氏を1位に据えるよう主張。一方、メドベージェフ氏は「プーチン氏が党の大統領候補となることが適切」と推薦し、プーチン氏は「大変な栄誉」と受け入れた。 

2000年にロシアの第2代大統領に就任したプーチンは、原油の高値を背景に2期8年の任期中、ソ連崩壊後の経済混乱を立て直したとして評価が高い。

08年の大統領選では憲法の連続3選禁止条項に基づき出馬せず、メドベージェフ氏を後継に指名し、自身は首相に転じた。

来年の大統領選出馬をめぐっては、メドベージェフ、プーチンの両氏とも「話し合いで決める」との考えを示していた。 

【日経】
 プーチン新体制、12年続く可能性 
 権力集中の弊害も
  ロシア、メドベージェフ氏との合意「何年も前から」
2011/9/24 23:42

 【モスクワ=石川陽平】ロシアの次期大統領にプーチン首相が4年ぶりに復帰する見通しとなった。新たな「プーチン体制」は憲法の規定で2期12年に及ぶ可能性がある。新体制ではプーチン氏が国内政治の「安定」を担保し、首相に就く予定のメドベージェフ現大統領が「国家の近代化」と呼ぶ改革路線を継続する役割分担になる。ただ、前回の8年と合わせたプーチン政権の「長期化」と権力集中が進む弊害により、政治、経済、社会の改革が停滞する恐れがある。

 「何年も前に(メドベージェフ氏との間で)合意があった」。自らが大統領に復帰し、メドベージェフ氏が首相に就く人事について、プーチン首相は24日、与党・統一ロシアの党大会でこう明らかにした。


 次期大統領に誰が出馬するかは「2人で話し合って決める」としていたプーチン氏だが、次期ロシア大統領の人選を巡る世界の注目をよそに、最高権力者の地位に長くとどまる考えを2008年5月のメドベージェフ政権発足直後からすでに決めていたというわけだ。
 プーチン氏は08年に表向きは大統領に次ぐ地位の首相になって以降も、メドベージェフ大統領を政治的に操り、実権は握り続けてきた。政治も経済も社会もいずれの重要政策を決める際にも、メドベージェフ大統領はプーチン氏と相談し、承認を得る必要があった。

 24日の党大会ではメドベージェフ氏を次期首相に指名し、形式的にはこれまでと似た「双頭体制」を敷くが、最高実力者プーチン氏が権力の頂点に復帰することで、名実ともに「プーチン体制」に移行する。しかもプーチン氏は憲法上、24年まで大統領の座にとどまることが可能で、すでに絶大な権力のさらなる集中が進む公算が大きい。欧米メディアは「ロシアの政治体制に何の変化もない」(英BBC)などと伝えた。
 次期大統領候補の発表の場として24日の党大会を選んだのは、支持率が低下していた同党の勝利に弾みをつける狙いとみられる。特にメドベージェフ氏を与党の候補者名簿1位に据えることで、新たにリベラル層の票を取り込む思惑があった。
 経済面ではプーチン氏は大統領に再び就く12年5月以降、首相としてメドベージェフ氏を前面に押し出し、同氏が大統領として掲げてきた「国家の近代化」政策を後押しする方針だ。与党・党大会に同席したメドベージェフ氏は政府の優先課題として「経済と教育システムの近代化、産業部門への技術導入、投資環境の改善」を挙げ、改革継続への強い意志を表明した。
 ただ、天然資源に依存する経済構造や国内総生産(GDP)の2割に達するとされる汚職の広がり、民主化の遅れなどロシアが抱える主要な問題は、00年に始まった「プーチン体制」自身がもたらしてきた「負の側面」との指摘が多い。
 プーチン体制の長期化が確実になったことで、ロシアの将来を左右するこうした問題の解決が遅れるだけでなく、さらに深刻になりかねない。メドベージェフ氏が次期首相として改革や投資誘致、親欧米路線を提唱するのとは裏腹に、プーチン長期政権の下で「近代化は実質的に進まず停滞の時代を迎える」(政治評論家のワレリー・ホミャコフ氏)との見方が出ている。

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