【毎日新聞】2011年9月15日
日本周辺でロシア軍の動きが活発化している。日本の新政権誕生から間もない8日、核兵器搭載可能なツポレフ95爆撃機2機が日本の領空周辺を周回し、9日にはロシア海軍の艦艇24隻が宗谷海峡を通過した。挑発的とも取れる動きの背景に何があるのかを分析した。【モスクワ大前仁、西田進一郎、真野森作】
◇進む極東重視の動き
ロシア軍の極東地方を管轄する東部軍管区と、その指揮下にある太平洋艦隊は、8月末から日本海やオホーツク海で1カ月にわたる軍事演習を開始した。この時期に演習を始めたのは、通常9月が秋季訓練に着手する時期だからだ。ロシアでは極東以外でも各地で、9月中に大規模な演習が計画されている。
極東の演習には艦艇50隻以上、軍機やヘリコプター50機以上、人員1万人以上が参加。演習は14日から本格化し、ロシアのニュース番組は洋上砲撃や揚陸訓練の様子を報じている。
今年の訓練が特に注目されるのは、最新型ボレイ級原子力潜水艦の1号艦「ユーリー・ドルゴルーキー」を、年内にカムチャツカ半島東部のビリュチンスク基地へ配備する計画があるためだ。
軍事評論家のフェリゲンガウエル氏は、ロシア海軍や空軍は伝統的に原潜など戦略兵力の周囲を固める形で配備されてきたと指摘。今後、オホーツク海周辺で通常戦力も増強されるとの見通しを示す。
新型潜水艦は10個の核弾頭を搭載できる新型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「ブラバ」を搭載。射程は約8000キロに達し、射程内に入る「米国が標的」(プホフ戦略技術分析センター所長)といわれる。
一方で、極東ロシア軍の活発な動きは軍事力を強化している中国をにらんだものとの見方もあり、日本政府内では「中国の活動も活発化しており、地域全体が軍事的な活発化の情勢にある」(外務省幹部)との懸念の声も出ている。
ロシアの爆撃機が日本の周辺を飛行した例はこれまでもあるが、今回はロシアが北海道北部に設置した訓練空域で空中給油を実施しており、これは「初めてのケース」(日本防衛省幹部)。
同省内では「情報収集だけでなく示威的な要素も強い」との見方が出ている。ロシアの軍事誌「国防」のコロチェンコ主幹は、玄葉光一郎外相が就任後、ロシアの北方領土支配を「法的な根拠がない」と述べたことに対し、ロシア側が「何らかのメッセージ」を送った可能性があるとの見方を示す。
爆撃機の周回について、日本政府は「不愉快なことだが公海上の行動であり、領空侵犯などはない。抗議まではできない」(政府関係者)と判断。玄葉外相は9日、ラブロフ外相との電話協議で「(ロシア側の)意図や対応に国民の疑念が生じている。国民を刺激するような行動を自制してほしい」と懸念を伝えた。
一方で、ロシア太平洋艦隊の旗艦ワリャーグ(ミサイル巡洋艦)は、カムチャツカ沖の演習に参加した後、日本の海上自衛隊と日本海で海難救助訓練を行う予定。訓練は98年以来、信頼醸成措置の一環として実施しており今回で11回目。ワリャーグはその後、グアム沖で米太平洋艦隊の軍事演習にも参加する。
ロシア軍は中国や北朝鮮との間でも来年、洋上訓練を実施する方針。未来工学研究所の小泉悠研究員は「ロシアの安保政策が東アジア地域に重点を置き始めた兆候かもしれない」と分析している。
◇高まる北方領土の価値 返還遠のく国後、択捉
プーチン首相の側近といわれるパトルシェフ安全保障会議書記(前連邦保安庁長官)は11日、国後島と歯舞群島の水晶島を訪問した。ロシア政府は東日本大震災後、北方領土問題をめぐる対日攻勢を一時止めていたが、再び要人の訪問が活発化している。
その背景として、ロシアが極東地方での安全保障体制構築の観点から、オホーツク海と北方領土周辺水域の戦略的な価値を、より重要視するようになったためと分析する専門家もいる。軍事評論家のフェリゲンガウエル氏は、メドベージェフ大統領が昨年11月に国後島訪問に踏み切ったのは、ロシア政府が2000年ごろから進めてきた極東の安保体制見直しの流れを受けた行動と指摘。太平洋への出口を維持するためにもロシアが国後、択捉両島の返還に応じる可能性はないとみる。ただ色丹島と歯舞群島については「同等の戦略的価値はない」として、返還の可能性が残されているという。
一方で、パトルシェフ氏の訪問については「政府内で影響力が弱まった氏が存在感の誇示を狙った」(軍事アナリスト)
という見方や、これまでの政府要人の訪問と同様に「来年3月の大統領選挙へ向けた政権側のキャンペーンに過ぎない」(日露外交筋)
との見方もある。
こうした中で、日本側は北方領土問題解決に向けた糸口をつかめないままの状態が続いている。野田佳彦首相は6日、メドベージェフ大統領と電話で協議した際、領土問題について「静かな環境の下で問題解決に向けて大統領とともに努力したい」と呼びかけたが、大統領は「静かで良好な雰囲気の中で議論する用意がある」と発言するにとどまった。5月の首脳会談で大統領が菅直人首相(当時)に要請していた首相の訪露は、今回の電話協議では要請がなかった。
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