2011年6月18日土曜日

【土・日曜日に書く】

特別記者・千野境子 西太平洋の制海権と米中
2011.6.18 02:46

 ◆東・南シナ海の彼方に

 東・南シナ海で拡大する中国の軍事活動に、批判や抗議行動が増している。
 来月開催の東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)は、昨年につづいて南シナ海の「航行の自由」を俎上(そじょう)に載せ、東アジア・サミットも同様だ。中国の嫌う多国間で問題に対処する形が定着しつつある。

 結構なことだが、東・南シナ海だけに目を奪われていてはいけない。なぜなら中国が合わせる照準はもっとずっと先にある。

 南シナ海より西のインド洋、東シナ海より東の太平洋、そう、中国が目指すのはインド洋から太平洋までの広大な海域だ。歴史を思い起こせば、スペイン、大英帝国、米国…海を制した国が世界を制してきた。

 中国は、初参加の梁光烈国防相がアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)で、中国脅威論を否定した舌の根も乾かぬうちに海軍艦艇が連日、沖縄・南西諸島近海を通過した。もはや太平洋への並々ならぬ関心を隠しはしない。国営新華社通信は近く西太平洋(ミクロネシア地域)で軍事演習を行うと伝えている。

 伝説の桃源郷シャングリラが、中国の脅威を云々(うんぬん)する場となったのは何と皮肉なことだろう。

 ◆分割管理提案から3年

 キーティング元米太平洋軍司令官が訪中した際に、中国高官から太平洋の米中による東西分割管理を提案されたと米上院公聴会で証言したのは2008年3月。同氏は当時、冗談と受け止めたと述べたが、3年後の現実は冗談どころか真実そのものだったことを示している。

 シャングリラ・ダイアローグを主催する英国際戦略研究所(IISS)は今年の「ミリタリーバランス2011」で、中国海軍が米第七艦隊の支配する西太平洋で制海権確立のため、能力向上に全力を挙げていると分析した。

 今年4月に刊行の防衛省防衛研究所の「中国安全保障レポート」も、「外へ向かう人民解放軍」や「役割を増す軍事外交」について特記する。人民解放軍は国連平和維持活動やソマリア沖・アデン湾の海賊対策活動などに熱心だ。あらゆる機会を利用して能力向上を図ると同時に、国際協調をアピールするのも狙いなのである。

 大構想(西太平洋の制海権)を秘め、目標達成のためには労を惜しまず、高い波浪をものともしない。その努力と周到ぶりはなかなかのものだ。米国との過度な軍拡競争により体力を失い、結局は崩壊した旧ソ連の愚を、中国は反面教師としているに違いない。

 ◆太平洋と日本の国益

 中国の影響力はすでに太平洋全域に広がっている。

 太平洋島嶼(とうしょ)国の半数をこす7カ国と国交を結び(他は台湾)、温家宝首相や習近平副主席などの首脳訪問から中国艦船の訪問や軍装備品の供与、見返りとしての資源獲得まで、対アフリカと同様の貪欲な外交を展開する。

 経済援助は日本はもとより米国をも超えた。米国もさすがに気づいて、クリントン国務長官は今年3月、議会公聴会で米国が中国と太平洋島嶼国地域で影響力を競っていることを認めた上で、資源大国パプアニューギニアやフィジー独裁政権に対する中国の支援に懸念を表明した。

 日本も米中の競争に割って入るなどという身に余ることをせずとも、せめて太平洋の現状にもう少し敏感になりたい。

 先頃、かつて日本の委任統治領だったミクロネシア・パラオのトリビオン大統領が、密漁船対策に反捕鯨団体で国際指名手配中のシー・シェパードの支援を取り付け、日本の水産庁はじめ関係者を驚愕(きょうがく)させた。

 大統領が翻意し支援は反古(ほご)になったが、経済的に脆弱(ぜいじゃく)な太平洋島嶼国はまた広大な排他的経済水域(EEZ)の警備に悩んでおり、パラオが特別なのではない。助けてくれるなら、中国でもシー・シェパードでもありがたい。

 こうした危うい状況に、太平洋地域も多国間連携が重要性を増している。パラオ、マーシャル諸島、ミクロネシア連邦の3カ国と日米豪計6カ国による海上保安能力強化もその一つだ。人口約18万、陸地面積1370平方キロのミクロネシア3カ国のEEZは550万平方キロ。一国では手に余る。

 特徴は、豪州海軍以外は海上保安庁(日)や沿岸警備隊(米)が主体なことと、笹川平和財団や日本財団という民も参加しての官民共同事業であることだ。

 海軍よりコーストガードの方が現地に受け入れられやすい上に、密漁も海賊もソマリア沖ほど凶暴ではない。しかしたとえ非軍事でも、海上保安能力の向上は台頭する中国に有形無形の牽制(けんせい)球となるだろう。(ちの けいこ)

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