2011年6月4日土曜日

【米海軍】



【産経】


【早読み/先読み アメリカ新刊】

ビンラーディン殺害で脚光を浴びる「米忍者部隊」
2011.6.4 07:00

SEAL TEAM SIX
Seal Team Six: Memoirs of an Elite Navy Seal Sniper
シール・チーム・シックス:海軍エリート狙撃兵のメモワール
by Howard.E. Wasdin and Stephen Templin
St. Martin’s Press


ディズニー社が早くも商標登録確保に動いた名称


ビンラーディン殺害で一躍脚光を浴びた米軍特殊部隊「SEAL TEAM  SIX」(シール・チーム・シックス)。3代10数年にわたって米政権が血眼になって捜してきた国際テロ組織の首謀者を見つけ出し、最後のとどめを刺したエリート部隊として、今アメリカで最もホットな英雄になっている。


まるで「日本の忍者のように仕事を終えると、名前を名乗ることもなく風のように去っていく。地位も名誉にも無縁な闇のヒーロー」(ロサンゼルス・タイムズ論説記者)にアメリカ人はしびれているのだ。


今回のドラマの映画化を視野に入れているのだろう。米大手映画会社ディズニーはいち早く商標登録を出願している。


本書は、かつてこの部隊に所属し、数々の修羅場をくぐり抜けてきた元隊員の回想録だ。


著者は、1993年にソマリアで起きた「モガディシオの戦闘」(映画「ブラックホーク・ダウン」のテーマとなった)にSEAL TEAM SIXの一員として参戦したハワード・ワズデン。共著者は同部隊訓練中に知り合ったステファン・テンプリン。巧みな表現や臨場感あふれる描写は、現在沖縄の名桜大学で英語を教えるテンプリンが手伝ったのだろう。


これまでこの部隊の実態は、国家機密の名の下にベールに包まれてきた。分かっていることといえば、世界の特殊部隊の中でも群を抜いた高度な戦闘技術を有し、テロリストの拘束・殺害や米人人質救出といった特殊作戦だけに出動する「現代版忍者」ということぐらいだ。


SEALとは、Sea(海)、Air(空)、Land (陸)の頭文字をとって命名されたもので、まさに海からでも空からでも陸からでも狙った獲物を急襲し、「Dead or Alive」(つまり殺害するか生け捕りにするか)で仕留める。


名は体を現している。組織的には海軍に属し、正式名はUnited States Naval Special Warfare Development Group (DEVGRU=海軍特別戦術開発グループ)。陸軍のDelta Force(1st SFOD-D)とは双子の兄弟の関係にある。
 若干紛らわしいのだが、SEAL TEAM SIXは、海軍特殊戦術司令部の傘下にある8つあるSEAL部隊の中の一つ。つまり前者イコール後者ではない。SEAL部隊の中からさらに選抜されたのがSEAL TEAM SIXなのである。


編成のきっかけは80年のイランでの人質救出失敗


ベールに包まれているとはいえ、揣摩憶測(しまおくそく)を交えて巷間ながれている話だと、SEAL TEAM SIXは、バージニア州オーシャナ海軍航空基地内ダムネック・アネックスに本陣を構えている。だが、いったいどのような訓練を行っているのかは、一切正式には明らかにされていなかった。


本書は、断片的だが、そうした猛訓練の一端を一隊員の口から明らかにしている。


 この部隊は、1980年、イランで人質となったアメリカ大使館員救出作戦での失敗から生まれた。テロリストと戦うフルタイムの精鋭部隊の必要性を痛感したからだ。もっとも米軍には昔からこの種の「忍者部隊」はいるにはいた。


米海軍には第2次世界大戦で活躍した「Under Water Demolition Team(=UDT=水中破壊工作部隊)が特殊部隊として存在した。これがケネディ政権下でSEALとして生まれ変わったのである。そして朝鮮戦争、ベトナム戦争を経て、各地域、担当ごとに8つのSEALが編成された。6番目にできたのが、テロリスト必殺を専門にするSEAL TEAM SIXというわけだ。


同部隊員になるには、「狭き門」が立ちはだかっている。他のSEAL隊員の中から約1000人が選抜され、「地獄の1週間」と呼ばれる基礎訓練テストでふるいにかけられる。この期間、隊員が寝られるのは1日4時間。残りの20時間は訓練に次ぐ訓練。1週間後に、このサバイバル・ゲームに勝ち残った隊員は200人から250人。晴れてSEAL TEAM SIXの隊員になってもそれが終わりではない。


一定期間、猛練習が続く。侵入訓練、爆発物処理、長距離偵察、高度落下訓練、夜間活動訓練、戦闘訓練。「今日、汗をかけば、明日流す血は少なくてすむ」。同部隊発足以来、歴代隊員たちが胸に刻みつけてきたスローガンだという。
 出動命令はいつ出されるか、分からない。大統領からの命令が下れば直ちに行動を起こす。待っているのは、物的な報酬でもなければ、メダルでもない。死と背中合わせての「必殺作戦」なのだ。


 一体なんのために若者たちはこれほど過酷な「プロフェッション」を選んだのか。なぜ、それほどまでに国家のために命を投げ出そうとするのか。軍事独裁国家でも軍国主義国家でもないアメリカ合衆国で、なぜ彼らは「陰の忍者」になろうとするのだろうか。


 著者は、それについては多くを語ろうとしない。いや、何も言っていない。ただ、子供の時に継父の家庭内暴力に耐え抜いた思い出をこうつづっている。


 「サバイバルするためには、頭で考えること、魂で感じること、そしてこの耐え難い肉体的な痛みにも耐えること、それらすべて自分でコントロールできないとダメだ、と思った。そしてそれこそは、過酷な訓練と極限状態の戦場でなすべきとをするというSEAL隊員になるラッキーな準備体操にはなった」



引っ張りだこの元SEAL隊員のオックスフォード大博士


 この本と前後して出版されたのが、元SEAL隊員が書いた「The Heart and the Fist; The Education of a Humanitarian, the Making of a Navy Seal」(魂と拳骨:ヒューマニタリアンになるための教えと海軍特殊作戦部隊員)という本だ。


 著者エリック・グレイテンズは、名門デューク大学を優等で卒業、その後ローズ奨学生に選ばれてオックスフォード大学に留学、政治学博士号を習得している。その後SEALに入隊するという変わり種だ。


 博士号論文は「人道主義運動と救済活動」。博士号をとるや、クロアチアの難民キャンプやルワンダの救済施設で働いた後、インドにわたり、そこでマザー・テレサ修道院の療養所を訪ねる。そこで献身的に働く修道女たち。戦火やジェノサイド(殺戮)から命からがら逃げ、たどり着いた難民。どうしたらこんな悲劇をなくすことができるのか。武装する男たちやテロリストからどうやったら罪のない女性や子供たちを守れるのか-。
 グレイテンズは、オックスフォードの「ローズハウス」の壁に張られている、学究生活半ばで第1次大戦や第2次大戦に参戦して殉死していった数多くのローズスカラーたちの名前を思いだす。


 そしてイギリスの哲学者、ジョン・スチュアート・ミルの言葉を噛み締める。


 「戦争は卑劣だ。が、最も卑劣な行為ではない。それよりも、戦争は無意味だと考える腐敗し、堕落したモラル、愛国心にしがみついていることのほうがもっと卑劣だ。戦うべき対象もなく、自分の身の安全の方が大切だと考える人間ほど惨めな生き物はない。そういう人間は自分よりも優れた人間の助けによってしか、自分自身、自由の身になれない、情けない生き物だ」


「自分自身の肉体を鍛え上げ、悪に立ち向かうために武器を持つことは卑劣なことなのだろうか」


 それがSEAL入隊の確たる理由だった。グレイテンズはSEAL TEAMSIXのメンバーではないが、SEAL隊員として過酷な訓練を受け、何度も何度も戦場に出撃する。何人もの戦友を失う。現在大学の研究員をしながら戦死した米兵士の遺族のための支援基金「The Mission Continues」を立ち上げている。


 「一般的に、SEALはその凶暴性、マチョイステッィクな面ばかり強調されている。が、SEALが本当にスペシャルなのは、死に物狂いで体得した武闘パワーをいざというときに、思慮深く、規律正しく、バランスの取れた形で発揮できる戦闘部隊であるという点ではないだろうか」


 この元SEAL隊員博士に各方面から講演依頼が殺到している。SEALとはなにかに留まらず、ビンラーディン殺害に歓喜するアメリカ人に武力とはなにか、正義とはなにか、を教える最高の「説教師」なのかもしれない。(高濱 賛)

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